極での方位磁石

Selection

磁石の北と地磁気極と磁極   地磁気要素


「北極で方位磁石のN極はどちらを向くんですか?」
上記のような疑問はあちこちで発せられFAQといえようが、 色々な答えが考えられる。 まず第一に地理的な北極と磁北極とは異なるので、 どちらでの話であるかを区別して考える必要がある。

1. 地理的な北極ではどうなるか?
これに対する簡単な答えとして、「南を向く」というのがある。 地理的な北極 (以下単に北極と記す)は座標の特異点で、 あらゆる向きが南向き* (北極=北の極まり) であるからこれは無情報ではあるが常に正しい答えといえる。 次に、「磁北極 (北磁極) の方を向く」というのがあり、 正しい答えとされることもあるようであるが、 地理的な極と磁極とが異なるということを理解しているという点では正しいものの、 日本付近では磁北極は北極より東にあるにもかかわらず磁北 (方位磁石のN極の指す向き) は北極の西にあることからも推測されるように、 一般に磁北と磁北極への向きとは一致せずあまり正確な答えとはいえない。 実際、国際標準地球磁場 (IGRF-13)によると、 2020年には北極での磁北と磁北極方向とは13度程度異なり、 南極でも磁南 (方位磁石のS極の指す向き) は磁南極方向と14度ほど異なる (下図参照)
* 極で方向を示すには、 極からは経線が四方八方に伸びているので 「東経135度の方向」といった表現ができる。 また極から少しでも離れれば東西南北が定義できるので、 特定の経線方向に無限小だけ離れた点を想定し、 例えば「東経135度の経線に沿ってみた東西南北」といった表現もできる。 ただし、東経135度の経線に沿って北の方向に進んで北極点を超えると 西経45度の経線に乗り、この経線上では南の方向に進むことになる。 つまり、極を超えると北向きが南向きに、東向きが西向きに逆転する。 極域での偏角図において、 等偏角線が磁極だけではなく地理的な極でも収束しているのは 極付近での方向のこのような性質による。 また、同じ理由により地磁気の北向き (X)東向き (Y)要素の磁気図でも等値線は地理的な極で収束している。
北極での方位磁石 南極での方位磁石
国際標準地球磁場 (IGRF-13)による、 2020年時点での地理北極での方位磁石の水平面内の向きと地磁気北極と磁北極の位置 (左) 及び、 地理南極での方位磁石の水平面内の向きと地磁気南極と磁南極の位置 (右)。 各図をクリックすると大きく表示されます。 ただし、日本で通常使われている方位磁石を持参した場合、伏角が北極で約88度、 南極で約-72度といずれにおいても日本 (京都で約49度) とは大きく異なるので、 水平方向のバランスが取れず正しく動作しない可能性が大きい。

参考:南半球用の方位磁石を回してみると... (MPG: 2.3MB)

2. 磁北極ではどうなるか?
その定義から磁北極では地磁気は鉛直下向きであるので鉛直面内を自由に動ける磁石の針は鉛直になるが、 水平面内を回るように設計された通常の方位磁石の針の向きは不定となるというのがとりあえずの正解である。 しかしながらぐるぐる回るという答えも見受けられる。 この答えは磁極の定義から間違いといえるが、 実は各瞬間の磁極は外部磁場の影響により、 主に地球中心核起源の主磁場で決まる平均的な磁極のまわりを、 楕円を描くように1日1回転している (http://gsc.nrcan.gc.ca/geomag/nmp/daily_mvt_nmp_e.php )。

これは1日周期の地球外部起源の変化磁場のためであり、 地球内部起源磁場から決めた磁極においては、 方位磁石の針はこのため1日1回転することが予想される。 ただしこれは圧倒的に大きい鉛直成分の影響を完全に除去して 水平成分のみを取り出したときの話であり、 また、その振幅は数百nT程度と鉛直成分の1%以下なので、 通常の方位磁石ではバランスをとることが難しく見いだすのはまず不可能である。 また、電子コンパスでも鉛直成分の混入を避けるのが難しいため検出は難しく、 鉛直成分の混入を防いだ100nTよりも高精度の3軸コンパスで初めて見られる現象である。

さらに、地磁気の擾乱時には大きな擾乱場のためもともと地磁気水平成分 (H-成分)が小さい磁極付近では、 地磁気ベクトルの水平面内の向きは大きく変化する。 一例として当時磁南極付近にあったDumont d'Urville [DRV](66.67S,140.01E)での、 1957年9月13日の地磁気ベクトルの1時間毎の水平面内の向き (理想的な磁石の針の向き) と強さを地磁気1時間値 を用いて下に示す。 当時平均的な磁南極の位置は、 IGRFによるものとは少しずれてこの観測所のわずかに東 (100km以下) にあったため、磁石の針のN極は、 南北には揺れながらも東西方向としてはほぼ西を向いているが、 この日は激しい地磁気擾乱のため東寄りを向く瞬間があったことが分かる。

Dumont d'Urville [DRV] (旗の根元) とIGRFによる1957年の磁南極の位置 (赤丸) 青線緑線 はそれぞれIGRFに基づく1900-2010 (予測) 年の地磁気南極と磁南極の位置を示している。 DRVでの1957年9月13日の地磁気ベクトルの水平面内の向き (左) と、 地磁気ベクトルの水平面内の強さの変化 (右)。
なお、DRVでの地磁気要素は鉛直成分 (Z) の強さが70000nT以上で、 水平成分 (H) の100倍程度あることに留意する必要がある。