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地磁気センターニュース


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 地磁気世界資料解析センター News No.117     2009年9月30日
 
 
 
1.新着地磁気データ
 
    前回ニュース(2009年7月30日発行, No.116)以降入手、または、当センターで入力したデータのうち、
主なものは以下のとおりです。オンライン利用データの詳細は
(http://swdcwww.kugi.kyoto-u.ac.jp/catmap/index-j.html) を、観測所名の省略記号等については、観測所カタログ
(http://swdcwww.kugi.kyoto-u.ac.jp/catmap/obs-j.html) をご参照ください。
また、先週の新着オンライン利用可データは、
  (http://swdcwww.kugi.kyoto-u.ac.jp/wdc/onnew/onnew-j.html)で御覧になれ、ほぼ2ヶ月前までさかのぼる こと
もできます。
 
      Newly Arrived Data
 
        (1)Annual Reports and etc.
              NGK (Jun. - Jul., 2009) , SOD, HAN, NUR, OUJ (Nov., 2008 - Mar., 2009)
 
        (2)Kp index: (http://swdcwww.kugi.kyoto-u.ac.jp/kp/index-j.html)
              Jul. - Aug., 2009
 
 
 
2.AE指数とASY/SYM指数
 
   2009年8月分までの1分値ASY/SYM指数を算出し、ホームページに載せました
(http://swdcwww.kugi.kyoto-u.ac.jp/aeasy/index-j.html)。また2009年7月までのProvisional AE指数も上記アドレス
からダウンロード可能です。
 
 
 
3.伊能忠敬「山島方位記」解析 付帯研究2
 
1)伊能忠敬はなぜ地磁気偏角を無視して測量を行ったか?    
 
 伊能忠敬測量当時 (1800~1816) は、羅鍼の偏差(地磁気偏角)に付いて、日本付近は偶然にも極めて小さく、中でも
江戸は殆ど0度台の僅かに東偏であった為に、伊能忠敬も磁針の性能の誤差の範囲か磁針偏差なのか迄は、出発時点で
確認することができず、偏差の存在を前提とせずに、測量は行われた。その経緯は「伊能図に学ぶ」東京地学協会の西川
治東京大学名誉教授の論文、「伊能忠敬の顕彰史再考-伊能図と地磁気の人脈」で取り上げられており、掲載の 明治
二十三年十月二十五日、地学雑誌第二集第二十二巻長岡半太郎の論文「羅鍼の偏差につき」に、渋川景佑カゲスケ (伊能
忠敬の師匠、高橋至時ヨシトキの次男景佑で、暦学を受け継ぐ渋川家の養子となる) の書いた「星学須要」という本の
下記内容が紹介され、長岡半太郎のさまざまなコメントが書かれている。但し、探しても「星学須要」の原典は見つから
ず、後日に国立天文台蔵書で渋川景佑の息子である渋川佑賢スケカタ著「星学須知」巻五の羅鍼篇の存在を知り、コ
ピーを取り寄せると長岡論文と同じ内容で長岡氏の書名、著者名の書き間違えと判明した (参考2, 3) 
 
     
             <図1.星学須知>
 
 
 幕府暦局内では間重富(ハザマシゲトミ、伊能忠敬のもう一人の師匠)が、「西洋新法暦書」(参考11)には羅鍼は必ず
偏差を生ずると書かれているが、一方伊能忠敬は羅鍼の偏差が無いというがいずれが正しく、いずれが間違っている
のかとまわりに問うたところ、馬場貞由(長崎通詞出身の暦局員)が、以前西洋作成の地図にはアフリカの喜望峰に羅鍼
偏差の東西の境界を為すと書いてあったとした。伊能忠敬測量隊の測量当初の偏角に対する認識が伺える。(参考4)
 
 景佑が、西暦1804年 (1806年が正しい) に伊能忠敬の中国地方測量に参加し、隠岐の島へ行った時に偏差を試測すると
偏東差二度を得たが、その後江戸へ帰って試測すると、偏差は無いに等しかったと書かれていたとしている。佑賢は1811
年
刊行の航海家用の表を見て・・羅鍼 (磁針) は正南北を指さず、偏差の多寡は土地に因って異なるとしている。(参考4)
(伊能本人は激しい日瘧オコリの発症で、隠岐には行かず病気治療の為松江に逗留し、隠岐渡海組の帰りを待った)
 
 長岡半太郎は、景佑の言う偏東差2°とは西偏の意味ではないか。そうでないと、その30年後のフムボルトの描いた東アジア
の等方位 (等偏角) 線の地図の江戸の1°西偏との説明がつかない、と書いている。(フムボルトであろうか? フムボルト
は日本付近には来ていないのでフムボルトと組んだガウス・ウェーバー等偏角線世界地図のことではなかろうかと筆者は
考える) 尚、長岡半太郎は1580年以降当初の東偏から西偏へ変化していったパリ及びロンドンの例も示している。(参考3)
 
2)古典的な真南北の求め方
                                                                                                      
 更に西川名誉教授もとり上げておられるとおり、長岡半太郎が親しく話した荒井郁之助 (幕府海軍奉行・内務省地理局
測量課長・初代東京気象台長) の話として、前述の1861年に江戸品川砲台での測定結果3°11′西偏を挙げ、当時の測定方
法は、日時計の原理に似ており、羅針盤磁石の回転軸上に棹を直立させて、日光にあてることでできた棹の影と、磁石の針
の為す角度と、同時に太陽の方位角度を測ったとしているが、当時の真方位の観測方法は記されていない。(参考2, 4)
 
  ちなみに、飯島幸人氏著 航海技術の歴史物語 の記述を意訳すると、古来中国では、真南北を知る方法として、地面に
垂直に棒を立てて中心とし、午前の任意の時刻の太陽によってできる棒の影を半径に円を描き、その時に影の指す位置に
午前の印を付け、その後太陽の高さが上昇すると棒の影は短くなるが、午後になり太陽が低くなると影はまた長くなり、
午後に棒の影の為す半径が午前の円の半径と同じになり、同一円周上になった時点に、円上の午後の影の指す位置に印を
付けて、午前の印と午後の印を線で結び、中心か ら二つの印間の線の二等分線を引き、真南北を知ったと書かれている。(12)
 
          
          <図2.方案表>            <図3:假製子午線儀>
 
 
  星学須知巻五には 定真南北 附假製子午線儀圖説 という項が有り、解説と共に真南北を測定する方案表の盤の図と、
子午線儀の図とが掲載されており、方案表の盤は上記と同じ原理によるもので、四方に水盛りの溝を設けて水平を保って
設置すること、夏至の頃の観測は好ましくない等々、詳細に記載されているが、詳細記述内容は簡約が及ばず、また總目
 (目次) を見ると、星学須知の巻六には、月食のことや太陽黒点や太陰斑駁ハンバクという項目や引力、巻八には旅星附
光物飛行圖説潮汐から地震等々の項目も有り、興味深いが後日のこととする。日本周辺での、希少な地磁気偏角の認識に付
いての記述が判明したので、伊能忠敬の測量開始時の偏角無視の事情と、その後の伊能測量隊内での問題意識に基づく試行
錯誤を拾い上げることにより、「山島方位記」 記載方位角が、磁針測量方位角であることの事情照合とした。
 
(星学須知 国立天文台図書館蔵より)
本稿の研究は平成21年度日本学術振興会科学研究費補助金の一部を使用しました。
 
< 参考資料 >
 
 1 大谷亮吉「伊能忠敬」1913年 岩波書店
 2 西川治 伊能忠敬の顕彰史再考―伊能図と地磁気の人脈―伊能図に学ぶ 東京地学協会
 3 長岡半太郎「羅鍼の偏差につき」地学雑誌第二集第二十二巻
 4 渋川佑賢「星学須知」
 5 今道周一伊能忠敬時代の日本付近における地磁気偏角について 地磁気観測所要報 1984年
 6 今道周一Secular Variation of the Magnetic Declination in Japan 地磁気観測所要報第七巻第二号
 7 勝海舟 開国起源 陸軍歴史
 8 横山伊徳  一九世紀日本近海測量について  地図と絵図の文化史 東京大学出版会  
 9 日野清三郎 幕末における対馬と英露 東京大学出版会
 10  江戸のモノづくり 遠藤高環を中心に行われた加賀藩の技術文化の研究 渡辺誠他
 11 崇禎暦書及び西洋新法暦書に付いては、インターネット国立天文台図書室ホームページ、大阪市立
   科学館ホームページ近世日本の天文学史資料を参考にしました。
 12  航海技術の歴史物語 帆船から人工衛星まで 飯島幸人 成山堂
 
 
                                               (辻本元博)
 
 
 
4.「フィリピン海における海底長期電磁場観測点の新設」
 
   京都大学大学院理学研究科附属地磁気世界資料解析センターでは,東京大学地震研究所海半球観測研究
センター及び海洋研究開発機構地球内部ダイナミクス領域と協力し,海域における電磁場の長期観測を行って
いる。北西太平洋の海底観測点(以下NWP点と略す)においては,これまでに2001年8月以来の約八ヵ年に亘る
ほぼ連続した記録が得られている。その後,2006年6月からは,フィリピン海プレートのほぼ中央,沖ノ鳥島
南南西沖約85海里の地点(以下West Philippine Basin観測点,すなわちWPB点と略す)で新たに海底長期電磁場
観測を開始した。このWPB点でのデータ回収には,今年6月に海洋研究開発機構深海調査研究船「かいれい」
と同機構無人潜水船「かいこう7000II」を用いた海域観測により初めて成功した。本稿では,NWP点に加え北西
太平洋域で新たに稼働を開始したWPB海底長期電磁場観測点について紹介する。
表1に,観測点の概要を掲げる。
 
表1.フィリピン海の海底長期電磁場観測点
 
位置: 北緯19度19.3010分,東経135度06.6776分,水深5690m(WGS84)
観測点略称: WPB
観測期間: 2006年6月17日 UTC~
測定間隔: 二分
観測地磁気成分: XYZF
変化磁場分解能: 0.01nT(Toh et al., 1998)
全磁力値絶対精度: 0.2nT(Toh and Hamano, 1997)
磁場三成分絶対精度: 1.4 nT(Toh et al., 2006)
磁場センサー: フラックスゲート(三成分),オーバーハウザー(全磁力)
 
 
     
< 図1:水深約5700 m,年代約49 Maの西フィリピン海盆に位置する海底長期電磁場観測点
    (WPB)。最寄りの海底地磁気観測所であるNWP点の南西約3400 kmに位置している。>
 
 
 海底観測点の位置(図1)は,代替の観測装置を船上から自由落下させた後,潜水船を用いて既設の海底
装置の極く近傍(水平距離約10 m)へ運搬/設置した際,潜潜水船に対して行った超音波測距により,WGS84
測地基準系に準拠したGPS船位と結合して求めてある。この音響位置決定精度は,±数十m程度である。
 
   WPB点は,①赤道双極子磁場の極付近に位置する,②年代が約49 Maのフィリピン海プレートを形成する
三つの海盆(マリアナ・トラフ,四国・パレスベラ海盆,西フィリピン海盆)の中で最も古い西フィリピン
海盆上に位置する,③WPB点下のマントル遷移層にはスタグナント・スラブが存在する,の3点から海域地球
科学的に非常に重要な観測点である。①は地磁気ダイナモ及びマントル底部構造の研究に,②は縁海の拡大/
形成に関する海域地球物理学的研究に,③はマントル遷移層の構造とダイナミクス研究に特に役立つ。一見
不思議な事に,WPB点の水深は形成年代が二倍以上古いNWP点よりも更に深いのだが,この事実も②・③と
密接に関連している,と考えられる。すなわち,縁海であるにも関わらずWPB点の水深が深いのは,極く簡単
に言えば「重いもの(高密度な物質)がWPB点下にはたくさん存在するから」であり,WPB点下の構造は
NWP点下よりもプレート沈み込みの影響を強く受けた複雑な構造になっている,と言える。
 
  今回回収に成功した海底電磁場データは,2006年6月17日~2008年12月24日16:40:00UTCまでの九百日を優に
超える二分値である。使用した海底観測装置の時計精度は約10-7ppmであったが,敷設前と装置回収後に観測船
のGPS時計を参照して時刻較正を行い,世界協定時(UTC)での値に変換している。
 
  磁場分解能は10pTであるが,絶対精度としては全磁力値が0.2nT,磁場三成分が1.4 nT(傾斜/方位補正
精度に換算して7.8秒)である。これらの磁場測定値には,時刻/傾斜/方位補正の他に温度補正が施して
ある。WPB点に敷設した「海底電磁気観測ステーション(e.g., Toh et al., 2006)」は,地磁気に加え地電
位差水平二成分・傾斜水平二成分・温度が測定できるが,各々の測定精度は60nV/m・3秒・0.01℃である。
温度補正は,東京大学地震研究所八ヶ岳電磁気観測所で事前に求めた温度係数と海底での温度実測値を用いて,
磁場各成分について行っている。使用した傾斜計の温度係数及び海底での温度変化共に極めて小さかった
(±0.03℃/年)為,傾斜測定値に対する温度補正は施していない。磁場三成分に対する姿勢変化補正は,
地磁気三成分の絶対精度を保ち,かつ,海底における地磁気永年変化を検出する為に非常に重要である。方位
計として,光ファイバーを用いたトンネル掘削用小型ジャイロを搭載しているが,ジャイロを起動すると磁場
ノイズが発生する事,及び,方位測定に大電力を必要とする事などから,現在海底では数ヶ月に一度程度の
間欠方位測定を行っている。方位測定値の平均誤差は10秒以下に抑えられている。
 
 ここまで述べてきた観測装置・測定方法・補正法・精度の推定法については,文末に掲げたToh and Hamano
(1997), Toh et al. (1998, 2004, 2006)などに詳しい記述があるので,参照されたい。
 
 
     
       <図2.WPB点で観測された地磁気三成分と傾斜水平二成分の生データ。>
 
 
  図2は,WPB点で観測された九百日を超える地磁気三成分と傾斜水平二成分の時間変化である。
地磁気データはまだ測定座標系のままだが,図から分かる通り良好な傾斜変化記録が得られているのに加え,
海底観測装置に付加した光ファイバージャイロも六ヶ月おきに計4度海底での起動に成功し,装置方位の平均
値としてN254.5014oEという値が得られている。従って,地磁気三成分の観測値は,地理座標系等に容易に
変換できる。尚,この方位平均値は,潜水船を用いて海底電磁場観測装置の入れ替えを行った際,潜水船に
搭載された光ファイバージャイロ(分解能0.2秒)との目視比較結果と良く整合する。
 
  最後に,海底長期電磁場観測点で行っている観測装置の入れ替え作業について,ここで簡単にまとめてお
く。装置の入れ替えは,既設の観測装置・新設する観測装置・7000m級有索無人潜水船を用いて行っている。
すなわち,新設機を船上から既設機付近に自由落下させた後,新設機の着底位置を音響的に決定し,翌日の
潜水船潜航に備える。無人潜水船は,潜航後音響位置とソナーを頼りに新設機を発見/確保し,既設機の極
く近傍まで運搬/設置する。その後,既設機/新設機双方の相対位置関係と方位を測定し,潜水船を離底させ
船上に揚収する。既設機と新設機には一日以上の同時並行観測をさせた後,既設機に音響呼出/切離しを掛
けて自己浮上させる。現在は海洋研究開発機構の潜水母船「かいれい」と潜水船「かいこう7000II」の支援を
受けて入れ替え作業を行っているが,海中ロボットとしての「かいこう7000II」の高い性能により,既設機・
新設機間距離約10mの精度で入れ替えが実現できている。
 
 以上,フィリピン海に新たに設置した海底長期電磁場観測点(WPB)の概要を述べた。文中に挙げた文献
以外では,本センターニュースのバック・ナンバー(藤,2004b;藤,2005)なども参照されたい。WPBで
取得されたデータは,NWP点と同様,本センターと海洋研究開発機構及び東京大学地震研究所のHPを通じて,
今後順次公開される予定である。
 
 
参考文献
 
 
Toh, H. and Hamano, Y., The first realtime measurement of seafloor geomagnetic total force - Ocean Hemisphere
   Project Network, J. Japan Soc. Mar. Surv. Tech., 9, 1-23, 1997.
Toh, H., Goto, T. and Hamano, Y., A new seafloor electromagnetic station with an Overhauser magnetometer, a
   magnetotelluric variograph and an acoustic telemetry modem, Earth Planets Space, 50, 895-903, 1998.
Toh, H., Hamano, Y., Ichiki, M. and Utada, H., Geomagnetic observatory operates at the seafloor in the Northwest
     Pacific Ocean, Eos, Trans. Amer. Geophys. Union, 85, 467/473, 2004a.
Toh, H., Y. Hamano and M. Ichiki, Long-term seafloor geomagnetic station in the northwest Pacific: A possible
     candidate for a seafloor geomagnetic observatory, Earth Planets Space, 58, 697-705, 2006.
藤 浩明,北西太平洋における海底長期地磁気観測,京都大学地磁気世界資料解析センター News No.87 2004b.
藤 浩明,海底地磁気永年変化と外核表面の流れ,京都大学地磁気世界資料解析センター News No.90, 2005.
 
 
                                                                                            (藤 浩明)
 
 
5.トカラ皆既日食の観測
 
  当地磁気センターを中心に、7組織約20名が協力して、2009年7月22日の皆既日食およびその前後に、
九州からトカラ諸島をふくめ、沖縄までの各地と、やはり皆既日食帯に入っている上海で、地磁気・気圧・
電離層の変動を中心とした総合的観測を行った。図1に、今回設置した観測機器とそれらの位置を示す。
 
 
               
                      <図1 :観測のため設置した機器>
 
 
  この観測計画では、日食時の急な日射の減少が引き起こすと期待される下層大気の気圧変動が、地表と電離
層間の重力音波共鳴を経て、地磁気と地表付近の気圧および電離圏に共鳴周期の振動を発生させることを定量
的に確認するとともに、日本列島に展開された広帯域地震計のデータを用いて、重力音波共鳴による超低周波
地震動発生の検出を目的とした。また、学生さんには、滅多にないこの機会を利用して、皆既日食を体験して
もらう教育も兼ねて、上海へのツアーを企画した。
 
 トカラ諸島および屋久島への磁力計などの設置は、京都大学防災研究所の観測施設を利用させていただいた。
また、沖縄では、琉球大学の瀬底実験所に、電通大のHFドップラー受信装置と磁力計および気圧計を設置
した。奄美大島では、大島北高校のご厚意により、校内に気圧計を設置させていただいた(センターニュース
7月号参照)。上海郊外では、中国極地研・韓徳勝博士たちの協力で、気圧観測を行うことができた。関係者
の努力と協力の結果、観測自体はほぼパーフェクトに近い出来であった。
 
 上海へのツアーは、学生5名を含め、総勢15名で7月20日に関空から上海に飛び、7月24日に帰国した。
上海では、中国極地研究所の楊恵根所長をはじめとする超高層物理学研究者たちと、合同セミナーを開催した。
また、新しく建設中の中国極地研究所とそこに停泊中の南極観測船・雪龍号に案内していただいた。
 
 トカラ諸島と同様に、上海もあいにくの曇天であったが、皆既の時間にはたまたま薄くなった雲を通して、
明るく輝くコロナを見ることができた(図2)。曇っていたせいもあり、皆既の時間になると真っ暗闇となり、
そのために交通渋滞が発生したのか、遠くからはけたたましいクラクションの音が聞こえた。翌日の新聞に
よると、上海市内で数百件の交通事故が発生したという。数分間の真っ暗闇が終わるとともに、小鳥たちの
鳴き声が再開したが、それもつかの間、激しい雷雨が始まり、全員あわててカメラを片付け建物に逃げ込んだ。
                      
          
    <図2 :薄雲を通して撮った
         コロナ (上海郊外にて) >
 
 
  トカラ諸島で取得した気温と気圧のデータを見ると、やはり皆既前後に激しい雨が降ったと思われる気温の
急低下と、それと同時の気圧の上昇が見られ、皆既日食による気温の急変が激しい雨のトリガーになったの
かもしれない。 
 
  図3に、各観測地点での気圧の変動を示す。約0.01hPaの分解能(A/D変換上は0.0025hPa)で、毎秒平均値を記録
している。
 
 
     
             <図3 :各観測点で記録された気圧の変動。Start, Max, Endは、
               それぞれ日食の開始時刻と、最大食、および終了時刻を示す。>
 
 
 観測結果は、あいにくの悪天候に加え、日食とほぼ同時に開始した磁気嵐のため、図を一見してわかるよう
な明瞭な日食効果を示すデータは一部分に限られているが、スペクトルをとるなど、解析を工夫することに
より、重力音波共鳴の発生を示す結果が得られ、8月下旬にハンガリーのSopronで開催された第11回IAGA科学
総会で速報として発表した。来年7月11日には、イースター島で皆既日食が、2012年5月21日には我が国
で金環日食が見られる。特に2012年の金環日食は本州を通過するので万全の観測態勢を整え、今回の悪天候
と磁気嵐という最悪の条件にめげず、皆既日食=磁気嵐の発生というこれまでのジンクスを打破したい。
 
  なお、今回の研究・観測計画の実施にあたっては、日本学術振興会科学研究費補助金(21654067)、京都
大学総長裁量経費(H20年度)、および京都大学防災研究所一般共同研究経費(H21年度)を使用した。大島北
高校での観測にあたっては、諏訪薗校長、永里事務長を始め皆様のお世話になった。
 
  この共同研究グループのメンバーは以下の通り(50音順):
家森俊彦・井口正人・宇津木充・大志万直人・小田木洋子・神田径・齊藤昭則・佐納康治・James J. Mori
・品川裕之・平健登・竹田雅彦・竹村明洋・田中良和・千葉亮・藤浩明・冨澤一郎・能勢正仁・韓徳勝・
松村充・西岡未知
 
  また、上海の日食観測ツアーには、上記メンバーの一部の他、五井紫、芝原光樹、江藤英樹、南拓人の
学生諸君、佐納一雄、佐納雪子、佐納浩子、山崎健一、吉田大紀の諸氏が参加した。また、荒木徹・元セン
ター長も合流した。
 
 
                                                                   (家森俊彦)
 
 
6.INTERMAGNET会議参加報告
 
  ショプロンで開催されたIAGA 会議に引き続いて、地磁気観測に関する事柄を議論するINTERMAGNET
(International Real-timeMagnetic Observatory Network)会議が、2009年8月31日から9月2日の3日間
の日程で同じくショプロン市内で行われました。開催場所は、ハンガリー科学アカデミーに属する測地学・
地球物理学研究所(Geodetic and Geophysical Research Institute)です。この研究機関はショプロン市内
から10 kmほど南東にあるNagycenk (ナジツェンク、IAGAコードはNCK) Geophysical Observatoryを運営
しています。
 
 
          
   <写真1:ハンガリー・ショプロン市内の測地学・地球
   物理学研究所で開催されたINTERMAGNET会議の様子。>
 
 
 INTERMAGNETの内部組織は、大きく4つに   分けることができます。すなわち、(1)全体の意思決定を
行うEXCON(Executive Council)、(2)実務を担当するOPSCOM(Operations Committee)、(3)実際に地磁気
の観測を行う100余か所のIMO(INTERMAGNET Magnetic Observatory)、(4)IMOから地磁気データをリアル
タイムで受け取り、その処理を担当する6か所のGIN(Geomagnetic Information Node)、です。中枢組織
であるEXCONとOPSCOMはそれぞれ4名・12名の委員からなっており、主にヨーロッパと北米の地磁気観測
関係機関のスタッフが任命されています。アジアからの参加は日本だけで、現在はNiCTの國武学氏と私
が2年ごとに交替でOPSCOM委員の任に当たることになっています。今年は國武氏から私への交替の年であ
り、正式委員として初めての会議に参加してきました。INTERMAGNET会議は毎年夏から秋にかけて行われ
ており、次回はフランスのパリ地球物理学研究所(Institut de Physique du Globe de Paris)で2010年
9月ごろに行われることになっています。このように、INTERMAGNETには多くの人員・観測機関・時間が
投入されており、世界中の観測所から或る一定基準以上の質を持つ地磁気観測データを長期間に亘って
生み出していくことに大きな役割を果たしています。
 
  今回の会議で大きな議題となったのは、1秒値データの品質基準やその配布方法についてでした。この
議題は昨年あたりから話し合いが続いていますが、今回は実際に観測システムを作動させて、観測データの
質が基準をどの程度満たしているかについての報告がありました。現在の目標基準は、分解能1 pT、ノイズ
レベル10 pT以下、時刻精度10 ms以内ということになっています。また、分解能1 pTということから、従来
のIAGA 2002フォーマットでは記述することができない(IAGA 2002フォーマットは小数点以下2桁まで)ため、
どのようなフォーマットを採用していくかについて議論が始まりました。候補としては、modified IAGA 2002,
IAGA2000, xml, CDFフォーマットなどが挙げられました。また、1秒値データをリアルタイムで転送するには、
これまでの1分値の転送に較べて、単純に60倍のトラフィック量を処理しないといけません。そのため、これ
まで採用してきたメールによる数10分から1日間隔でのデータ転送を、その他の方法に変更する方針が話し
合われました。将来的には、転送の間隔を短くしていき、連続な(シームレスな)転送も視野に入れることに
なります。その他には、地磁気データの質を一定に保つには必要不可欠な地磁気絶対観測の頻度について新
たな取り決めがありました。地磁気絶対観測は、年に26回以上(2週間に1回)行い、かつ30日以上間を空けて
はいけない、というものです。この基準の達成具合に応じて各IMOに点数をつけ、IMOへの今後の助言に役立
てていくということも決定されました。
 
 
          
<写真2:林の中にある緑あふれるNagycenk地磁気観測所。この建物は地磁気
 3成分を測るためのもの。地下にセンサーが設置してあるということだった。>
 
 
  2日目の会議終了後には、Nagycenk地磁気観測所への見学ツアーが開催されました。地磁気緯度は46.90度
で、地磁気の観測以外にも、地電流、大気電場の観測やイオノゾンデによる観測を行っているそうです。こ
の観測所は1956年に開所され、つい最近50周年を迎えたため、記念誌を発行したということです。記念誌には、
この50年間に訪問した研究者が書き込んだゲストブックの写真が掲載されていました。何人かの日本人研究者
の名前も見受けられましたが、福島先生がドイツ語で訪問の感想とスタッフへの謝辞を書いておられたのが
印象的でした。
 
 
                                                                                          (能勢正仁)
 
 
 
 
 
 
 

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